企画展再開に当たって

去年穐月明が亡くなり寄贈、相続、法人化など色々なことをまとめ上げていかねばならず企画展を開くことが出来ませんでした。
しかし、ようやく3月3日(土)より一般財団法人 青山讃頌舎主催で回顧展を開く事が出来るようになりました。

残された資料は膨大で全てを十分調査できているわけではありませんが、若いときの作品や、手記、写真なども見つかりある程度年代順に画業を一覧出来るようになりました。

そこで今回は回顧展として年代順に資料や写真などを交えながら展示致します。
穐月明が何を見、何を考え、何を描いてきたかを見て頂けたらと思います。

若い頃の穐月明

明は京都市立美術専門学校(現京都市立芸術大学)の油彩科に入学し京都醍醐寺内の光台院に下宿しますが当時光台院には天野穠文僧正が家族で住んでおり、そこで娘の由紀子と出会い結婚します。学生結婚でした。

醍醐寺光台院本堂の画室の明

醍醐寺光台院本堂の画室の明

京都女子高校の講師をしていたとは言え貧乏で大学卒業後も光台院に家族で間借りしていました。居候でありながら光台院の本堂を画室として借りていましたが、本堂のまわりは犬、莵、猪、、アヒル、雉、金鶏など様々な動物を飼い動物園のようになっていました。天野家は余程理解があった様です。

李朝漁船文壺

穐月明「李朝漁船文壺」

 

 

 

京都・高麗美術館所有「鉄砂帆船魚文壺」

京都・高麗美術館所有「鉄砂帆船魚文壺」

此は京都の高麗美術館にある李氏朝鮮時代の名品を写した作品です。

初期の作品ですが、此を見ても彼方此方で名品を見せてもらい写生させて貰っていたことが分かります。昔の画家は名品を見せてもらい勉強していたのですが、実際に其れを実行していたのです。