「懶瓉煨芋」らさん芋を焼く。
怠け者の瓚(さん)というお坊さんが芋を焼くという話です。

禅の話というと難しそうですが、笑える話も多いです。

穐月明「懶瓉煨芋」

穐月明「懶瓉煨芋」

絵は「鼻水をあごまで垂らした瓚(さん)和尚が焚火で芋を焼き食べようとしている前で、皇帝の使者が目を点にしている」といったところです。

瓚(さん)和尚というのは中国の唐代の禅僧で山で修行していたのですが、その名声は皇帝のところにまで届きます。その時のエピソードです。中国に限らず広くアジアで牛糞は乾燥させて燃料にされます。

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懶瓚(らさん)和尚は衡山(こうざん)の石室の中に隠居していました。 唐の徳宗は其の名を聞いて、使を遣わし之れを召します。
使者は其の石室にやって来て宣言します。
「天子の詔である、尊者はすぐに都に行って恩に応えよ」
瓚和尚はまさに牛糞の火をはらって、焼芋を掘り出して食べようとしているところで、鼻水を顎まで垂らしたまま何も答えようとしません。
使者は笑って言います。
「ともかく、尊者、鼻を拭ってはどうですか」
瓚和尚は答えて、
「何でわしがわざわざ俗人の為に鼻を拭うような手間を掛けねばならんのかね」
と言って、ついにお召しに応じませんでした。

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皇帝のために鼻を拭うこともしなかった正に懶(ものぐさ)瓚和尚といったところでしょうか、此処までやられると皇帝もため息をついてこれを許したそうです。

これは碧巌録という禅の問答集に出てくる話ですが、禅に限らず仏教では地位、名誉、物、お金など物欲は心の平安を乱す不孝の根源と見なされます。瓚(さん)和尚から見れば煌びやかな宮廷も面倒の巣窟にしか見えなかったことでしょう。
使者を前にした瓚(さん)和尚のとぼけた顔がなかなか痛快です。

漢文には漢文の格好良さとニュアンスが有りますので以下に原文を掲載しておきます。
懒瓚和尚隐居衡山石室中 唐德宗闻其名 遣使召之 使者至其室宣言「天子有詔 尊者常起谢恩」瓒方撥牛糞火 尋煨芋而食 寒涕垂颐 未嘗答 使者笑曰「且勸尊者拭涕」瓚曰「我豈有工夫為俗人拭涕耶」竟不起